私たちは今を生きています。過去は過ぎ去ったことであり、知らなくても生活に困ることはないと言えます。しかし、今の私の身体や心は、過去の行動により蓄積された経験が「今の私」を作っていることも事実です。両親から生を受けて、成長する間にどのような環境で過ごしたかで人格は作られます。小中学校での学び、高校、大学での教育、社会での仕事、結婚など多くの局面に遭遇して、苦しみ、悩み、怒り、喜びなどの山あり谷ありの人生です。
思考を巡らして見ると、私の身体は先祖から受け継がれている遺伝子があり、体型や風貌、性格などは、すでに埋め込まれていることに気づきます。遺伝子について再度勉強しましたところ、十分に理解していなかったことが分かりましたので、基本的なことがらを少し記載します。
遺伝子とは何か
DNAは日常語になっています。DNAは「デオキシリボ核酸」という物質で、糖・リン酸・塩基から構成されるヌクレオチドという分子がずらりとつながった長い鎖が二重らせん構造をしています。塩基にはアデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)の四種類あり、遺伝原語はこの塩基の配列で書かれています。この組み合わせはAとTか、GとCとが結合すると決まっていて、その結合力は水素結合という弱い力でつながれています。DNAの遺伝子部分も含めて全体をゲノムと呼んでいます。
細胞内には中心にDNAを収めた核があり、他に様々な働きをする小器官で構成されています。その一つにミトコンドリアがあり、細胞内の活動の源泉となる化学エネルギーを生産する機能をもっていて、その細胞の中にも活動に必要なDNAがあります。更なる説明は、森和俊:「細胞の中の分子生物学」(ブルーバックス、2016)に沿って紹介します。
・一本のDNAには32億5400万の塩基配列あり、46本の染色体に分かれて収納されています。遺伝子の数は約2万7000個で、全体のわずか1%程度です。ゲノムという設計図には、この遺伝子をいつ、どこで、どれくらい働かせるかという情報も書き込まれています。
私達には60兆個といわれる細胞がありますが、いのちの始まりの一個の受精卵の中に納められていたものが、ほぼ同じサイズで細胞分裂を繰り返すことで増殖し分配されているのですから、自然の営みの素晴しさには畏敬の念が湧いてきます。ミトコンドリアは細胞内の一つの小器官なので、その中のDNAが先祖をたどる時の重要な意味を持っているとは知りませんでした。
細胞核内のDNAが分かり易い展開図を図1(図2.5)に示します。細胞内では折りたたまれた染色体という形で収納されて、それを展開してすべてを繋ぎ合わせると2メートルの長さになるとのことです。
図1.細胞核内のDNAの展開図
細胞分裂は二種類ある
細胞分裂に関しては(「いのちのはじまり いのちのおわり」(坂本志歩著、大阪大学蛋白質研究所監修、化学同人、2010))より抜粋します。
身体を構成している体細胞の分裂(体細胞分裂)対して卵子や精子を作る細胞分裂は減数分裂といい、一つの2倍体細胞から四つの1倍体細胞を生み出す過程があるとのこと。
・通常の体細胞分裂では染色体の分配は1回のみだが、減数分裂では2回の分配を経る。第一分裂では複製した各染色体が2本の姉妹染色体となり、倍加した相同染色体、つまり2倍量になった染色体で、基本的に同じ遺伝子をもつ父方と母方の相同染色体どうしがくっつき(体合し)、異なる親由来の姉妹染色体(異なる姉妹染色体なので非姉妹染色体と呼ぶ)どうしで染色体の一部を交換し合う「交差」が起こる。・・・ここでの交換しあっているのは、じつは祖父母由来の染色体となる。・・・親の身体のなかで祖父母のゲノムが混ざりあわされ、自分の身体のなかで親のゲノムが混ざりあわされる。
卵子のたどる道
・同じ生殖細胞でも、卵子と精子では減数分裂では異なる過程をたどる。卵子ならば第一分裂の、ちょうど父由来と母由来の染色体が部分的に交換を行ったところ(交差したところ)で一時的に分裂進行を停止する。ヒトでは、出生前、妊娠12から32週目の時に一時卵母細胞になり、・・・思春期になり、性成熟に達したときに分裂を再開し、次のステップである第二分裂に進む。思春期に放出される莫大なホルモンが、この過程を進めるのだ。
精子のたどる道
・生きものがつくる細胞のなかで、卵子が最も大きな細胞であり、精子は通常最も小さい細胞である。精子と卵子では、DNAを伝える戦略が基本的に異なるためだ。精子は大量生産され、母親の投資(卵子)を利用して父方のDNAを伝えることに徹底している。・・・精子の場合は減数分裂によって一次精原細胞から4個の精子がつくられる。・・・男性では第二次性徴期に初めて減数分裂と精子形成が始まり、一生の間に放出する精子の数は一兆以上に及ぶ。
理解を容易にするために図2(図1-6)を載せます。
図2 体細胞分裂と減数分裂
この説明を受けて、私もやっと祖父母の性格が出るのが理解できました。考えてみれば納得しますが、父親、母親は、それぞれの両親から受け継いでいる染色体を持っているのですから、卵子、精子を作るときに混ぜ合わせられるのは祖父母由来の染色体ということになります。
以上のことは、中村桂子、山岸敦著「生きている」を見つめる医療(講談社現代新書、2007)に良いまとめになる言葉がありましたので以下に示します。
・母親と父親がそれぞれ卵と精子(生殖細胞)を作る時、減数分裂という非常に興味深いことが置きます。祖父母それぞれから来た染色体が対同士で一度混ざり合い、そして再び分かれます。
こうして生じた染色体は、母親、父親の体細胞にある染色体と同じではありません。ある部分は祖父由来、ある部分は祖母由来という、一本一本の染色体の中で祖父母のDNAが混ざり合ったものが私に受け継がれる(おじいさん似、おばあさん似が生まれる所以です)。
・・・祖父と祖母という別の個体に由来する染色体が混ざり合ってできた新しい染色体を23本持つ卵と精子ができて、それがまた組み合わされて生まれた私は、それまで存在してきた個体のどれとも違う唯一無二のゲノムを持つことになります。同じ両親から生まれても兄弟姉妹のゲノムが違うのはこのためです。・・・どれが祖父由来でどれが祖母由来かは偶然決まるので、23本の染色体の組み合わせには二の二十三乗の可能性が生まれます。・・・
つまりあなたが存在することによって、「両親から受け継ぎながらも、全く新しいもの」を次に伝えることができるのです。あなたは生命をつないでいく鎖の一つの輪ですが、この輪は必ず新しいものを作って次へとつながるという特徴があります。(30、32頁)
これでやっとDNAから先祖をたどってみる大まかな準備ができました。前回までに古墳時代の先祖を調べましたが、その先をたどる時の方法を次の本から見てみます。
斉藤成也著「DNAから見た日本人」(ちくま新書、2005)から抜粋します。
・人間の数は常に有限だから、血縁関係が遠い近いの差はあれ、親類同士の結婚をくり返しているのである。したがって、私たち人間全員は血のつながった親類なのである。実は人間どころか、生きとし生けるもの、皆DNAによってつながっているのである。・・・日常の会話に出てくる親類は、せいぜい数世代さかのぼった関係である。しかし、遺伝子を比べてみると、たとえ赤の他人同士であっても、それらの遺伝子の祖先を手繰って10世代、100世代とどんどんさかのぼってゆけば、いずれは共通の祖先遺伝子にたどりつく。これは遺伝子の本体であるDNAが、自己複製を行っていることの当然の帰結である。(35頁)
・人間の細胞に含まれるDNAは、細胞核の中の染色体だけでない。「ミトコンドリア」という細胞内小器官には、小さいながら独自のDNAがある。核内の染色体と独立に親から子に伝わるミトコンドリアDNAは、その塩基総数が約1万6500個である。人間を含む脊椎動物では、ミトコンドリアDNAは母性遺伝をするので、この遺伝子の系図は、女性の祖先のみをたどった系図と考えることができる。・・・
一方、Y染色体は男性のみをたどる遺伝子の系図を作り出す。・・・Y染色体はX染色体とともに性染色体のひとつであり、XYタイプが男性、XXタイプが女性である。男性の持つY染色体は必ず父親から伝えられる。
たとえば、男性の圧倒的に多い軍隊のような集団が、遠征した土地で、彼らがその土地の女性と結婚する場合を考えてみよう。生まれてくる男の子は、Y染色体は別の土地からやってきた父親由来、ミトコンドリアDNAは土着の集団出身の母親由来だが、細胞核内のDNAは母親と父親から半分ずつ由来することになるのだ。(37頁)
Y染色体は組み換えが行われないので、そのままの形で受けつがれることになります。遠い過去の遺伝子変異を示す箇所(遺伝子マーカー)を保持しているので独自の家系―氏族を表すことになるとのこと。もしも同じ遺伝子マーカーを持っている人がいると、その人は過去のどこかで同じ祖先を共有していることになる。人類を氏族別に分類できるので大規模な調査研究が行われている。米国のナショナルジオグラフィックが主宰して2005年に開始して、2008年に「旅する遺伝子」として日本語翻訳本が上梓しされています。
人類の古代に関する研究はDNAの二重らせん構造が発見され、人間の全遺伝子解析が終了したことで、科学的に人骨からの遺伝子解析が出来るようになり新たな展開がなされています。既に、多くの書籍がありますが、著者により結果が多岐にわたり、読み手の知識が整理され深まっていないと誤認することになると思いました。時間をかけて読み込みをする必要を感じています。私なりにまとめができましたら後ほど報告します。
次に、最近の遺跡見学の一事例を紹介します。
(岩宿博物館、明治大学パンフレットより作成)
遺跡の発見、発掘
群馬県に岩宿遺跡がありますが、1946年に切り通しの道になっていた岩宿遺跡の跡を通りかかった相沢忠洋氏は、露出していた赤土(関東ローム層)から、石器を発見しましたが、土器が伴うことはありませんでした。その後も発掘を続け、黒曜石の石槍を発見したことが知られ、明治大学との発掘調査が行われて、関東ローム層中に層を違えて2つの石器群が発見されました。少なくとも約3.5万年と約5万年前の旧石器時代のものと判明しました。
岩宿遺跡は日本史をひもとくうえで必ずといっていいほど登場する遺跡で、教科書を書き換える発見であるとのこと。この発掘で、日本にも世界史でいう旧石器時代に人々は生活していたことがはじめて明らかになったとのことです。これが刺激となり、日本全国で同じ時代の遺跡が発見され、1万年をはるかに超える遺跡(岩宿遺跡)であると疑いのないことになりました。なお、明治大学博物館は展示が充実していますので、興味のある方は見学をお勧めします。
写真1には明治大学博物館にある石斧(国の重要文化財)を示します。
写真1 岩宿遺跡 石斧
遺伝子を知ることの意味
80歳にして初めて古代史に目覚めましたので、地道な現地見学と資料の読み込みをして、古代の先祖に思いを馳せて楽しみたいと思っています。今回、遺伝子についての勉強を通じて、私たちは、それまで存在してきた個体のどれとも違う唯一無二のゲノムを持つことになった全く新しい個人であることを明確に知りました。同じ両親から生まれても兄弟姉妹のゲノムが違うのはこのためなのかと。
私の存在が、[両親から受け継ぎながらも、全く新しいもの]を次に伝えることができること。私も生命をつないでいく鎖の一つの輪であり、この輪は必ず新しいものを作って次へとつながるという特徴がある、
との言葉を知ることができました。
仏教の勉強を続けて、私は長い歴史の中で命を繋いでいるのは遺伝子であると漠然とした理解をしていました。肝心の遺伝子の相続がどのような形かあいまいのままでした。古代に関心を持ったことの縁で明確に出来でたのは有難いことでした。
令和4年元旦
毎年、今年こそは良き年になりますようにと、希望を抱いて新年を迎えますが、まったく予想もしない出来事が発生します。世界は人の思うようには展開はしません。スマナサーラ長老の言葉を かみしめています。
希望がストレスを生み出す
希望を持ってはいけないのです。希望を持たないと、明るくなります。
希望がないと、そのとき、そのときが最高だからです。
我々は希望を衝動にして生きています。生きる衝動は希望。
いろりろな希望で我々はいきていますが、これが逆に自己破壊を生んでいるのです。
希望を持たずにありのままに対応すれば、もう毎日が最高です。
新年そうそう希望を持つなとは、酷いことをと言うなと思うでしょう。しかし、先のことは誰にも分かりません。生きているのは、今日の今この時です。余計な空想をしないで着実に一歩一歩を歩むことであると思います。やるべきことをやる、それだけです。